日本縦断山岳ルートツーリング
2002.8.2〜8.24


Prologue
20km
8/1 晴 34℃ 150m
根占町→佐多町(鹿児島)

●2002年第一回山岳ルート
日本縦断は鹿児島の港町根占町のナイトランで幕を開けた。
JRの始発で北九州を発ち、薩摩半島の指宿からフェリー(8月一杯で運休)で大隈半島へ渡った時には夕日が茜色に染まり始めていた。
この日は、佐多岬へ近づく事が目的。その最終の町で、野宿できそうな公園が見つからず、勤労会館の裏庭にテントを張る。熱帯夜のテントの中はサウラ状態で汗だく。オマケにゲジゲジに首をさされ、寝不足の先行不安な初日となった。

落日の錦江湾 △開聞岳924mの優美なシルエットをながめながら
☆☆
206km 2000m
8/2 晴 34℃
佐多町→佐多岬→佐多町→京町(宮崎)

●8/2夜明けを待ち切れずテント撤収。
風景は亜熱帯の森で、山がモコモコしている。佐多岬は断崖の上にあり、自転車を置いて遊歩道を上り下りして辿り着いた。
さあ、いよいよ本番スタート。
ロードパーク(車は千円も取られるゾ)のアップダウンを佐多岬へ戻り、国道269を北へ海岸線をたどる。
初のチャリダー遭遇はケイリン選手だった。彼は連なる丘の上りで、ダッシュと流しを繰り返す。その邪魔にならぬよう30m程後から附いてゆき、いいペースで進めた。スローダウンした彼を抜き際、お互いのゆでダコ顔状態を見てとれたろう。
真上からの灼熱の太陽で空気はガスオーブンの中のようだ。首筋へのボトルの注水も焼け石に水だ。錦江湾の桜島と別れを告げ、霧島へと向う上り坂に入る。路肩の湧き水を見つけては頭から浴び、神宮の鳥居を過ぎてからの県道は、12%以上の壁がコーナーを回る度に現れる。原生林の陰に助けられるもWボトルの水はもう空となっていて高千穂河原に着いた時は、全身ケイレンとなってダウン。
日も傾むき始め、最高点のえびの高原をパスして京町温泉まで一気のダウンヒルだ。テントを張るのもおっくうで、疲れきった体を場末の温泉旅館のエスケープさせた。

佐多岬へは2ヶ所の有料ゲートがあり、開門は8時から。しかも自転車、歩行者通行禁止・・・・「管理人はいつまでも寝てろ!」一人独占の本土最南端だった。
2☆☆☆
203km
8/3 晴 34℃ 3000m
えびの京町温泉→阿蘇・内牧温泉(熊本)

●ループ橋をクルクルと上る堀切峠は割と楽にパス。
免田町の早朝販売のパン屋さんで軽く朝食は取ったが、これから迎える山中にちゃんとごはんを食べないとどこかおいしそうな所はと、選り好みしてズルズル先へ進んでいるうちに最後の村湯山温泉まで来てしまう。
菓子パンのある酒屋さんはあるが、食堂は、ん、「営業中」という札が、やってなさそうだが、奥へ声をかけると、以前小倉に住んでいた事があるというオバちゃんが肉うどん、ライス、つけもの、プラスぶどうを500円でサービスしてくれた。タラ腹の胃で又々12%はあろうかという激坂が続く。立ちこぎ、蛇行、7km/h。
ほとほと参っているとようやく峠。これまた一気に下り、次の峠を思うとガックリ来る。
しかしその渓谷の渕の美しい事。途中の浅瀬で、冷水の中、胸まで思い切ってつかった。凍りそうだ。
ヤマメやカジカの小魚も逃げずに泳いでいる。

△高千穂1574mを高千穂河原駐車場より望む。登山日和なのに、停まっている車が少なく、「九州のハイカーは信州へ流れるのかな」と思った。
※白馬の夏は半端でなく大混雑。
息日
8/4 晴 34℃
内牧温泉ライダーハウス連泊

●昨夜「阿蘇の湯」に行ったところ、新築のライダーハウスが、一泊900円。コンビニも近い!夜、大学生のライダーに旅のウンチクをしょうちゅう片手にタレていると、・・・ソウナン。
朝、皆が次々と旅だつ中、天井がグルグル回り、ゲ〜ゲ〜。昼に出発したものの、1Kmも行かずに、路地に横たえる。庭先からヒヨコが出てきて、コッコッと親鳥が私を見る。羽黒トンボがゆっくりと地面をゆらいでいく。青空に白い雲。時が止まった。計画外の休息日。

冷たい、気持ちいい
3
140km
8/5 曇 33℃ 1100m
内牧町→小倉(福岡)

●二日酔いの自己嫌悪と反省から一夜明け、おそるおそる大観峰への上りとふみ出す。
頭はスッキリしないが、イケそうで一安心だ。
頂部で、スクーターの2人組がたたずんでいる。ガス欠になりそうとスタンドの所在を聞いてきた。武蔵野ナンバーの一人は鹿皮のメットをかぶっていて、道に迷った小鹿のようだ。
早朝でもあり、とりあえず「ライダーハウス」を教え、元気づけた。
日田までは下り基調ですんなりとたどり着き、ホームグラウンドの英彦山を越えて、日の高いうちに実家の小倉へ着いた。
ビールでお疲れ様といきたい所だが、もう一日用心しておこう。


小京都と言われる日田の町並み。観光客の少ない朝
豆田町の通りをのんびりとポタリングした。
4
215km 900m
8/6 曇 33℃
小倉→美郡(島根)

●本州は小倉から目と鼻の先、車は関門大橋かトンネルをぬけ、海を渡る。人道はそのトンネルの下部を通り入口も海のそばにある。エレベーターで下り、「自転車、スクーターは下りて押してください」の注意書きを見て、そのスロープを乗ってゆく。山陰の海はエメラルドグリーンに輝いている。入江の岩場は海底まで透きとおり、白浜の海水浴場も人と車が少なく静かだ。
こちらの人が江ノ島の人ゴミを見たら、気が遠くなるかもしれない。萩の武家屋敷をクルリと回り、海岸沿いを東へ島根県へと入った。益田市から9号線となるので、山あいの191号線へ折れた。そう、この線は、そう、この旅は、国道1ケタ、2ケタは通らないという自己ルールのもとルート設定してあり、今まで頑なに守って進んでいるのだが。

門司港から関門大橋を望む。人道の入口はちょうどこの橋下あたりにあり、営業(開門)は朝6時から。(夜10時まで)。深夜から早朝は通れないのでご注意を。自転車は10円。歩行者は無料でよくオバさん達が海底ウォーキングの場所に使っている。でも空気は良くないと思うけど。
5
223km 1800m
8/7 曇 34℃
美郡→日野(島根)

●携帯してある地図は高速のSAに置いてあるアレである。これが全国10種類1セットで500円、SAに売っているのだ。エリア別で紙もうすくて軽く、とても見やすい。ただ、50万分の1くらいだと、どのくらいの山道なのかが判断できない。
美都町から地図上では近そうだと弥栄村へ向かったが、県道とはいえ、山村の田舎道で、山々を登っては下り、又登り、2時間近く走って出会った車が2台くらいだった。又、国道の433号の谷沿いの二重谷峠は、裏面にコケがむしているのではという感じの湿った暗くて細い山道だった。夕暮れにでもなろうものなら泣きが入りそうだ。三次市の大きなスーパーで食料を仕入れ、鍵掛峠に挑み、日野町まで距離を延ばすと、今回の最長ステージとなった。

”大山”への上り、田園が黄金色に朝日に輝く。山の全容は雲にさえぎられ見えず、ちょっと残念。(8/8)
6☆☆
217km 2600m
8/8 曇 34℃
日野→竹野町(兵庫)

●河原の”カッパ公園”で寝袋替りのテントをたたみ、朝の缶コーヒーを求め川沿いを下る。
”大山”を前にちゃんとした食事をしたいが、こういう時にはコンビニが無い。800mアップは中国ステージ1で、挑みがいがあるが、山頂に雲がかかり、その勇姿はおがむ事ができなかった。
関金温泉でもAコープが開くまで小1時間あり、しょうがなく魚屋兼万屋で菓子パンを食す。県道を近道?して488号線に出ようと、ちょっとした山ごえが500mも上ることになった。峠への覚悟がなかったので、余計につらかった。
カクのかなくさいイメージの人形峠をぬけ、恩原高原では、クロスカントリーコースがあり、陸上部が合宿をしていた。
中国山地をウネウネと行ったり来たりで又、日本海へ戻った。Uを登っては、海岸まで下り、又上る。ボディーブローのようなコースを太陽が海に沈んでも、しばらく走り竹野町まで闇間の海崖ライドに肝を冷やした。

さすがは、海辺の高校だ。本物?香住町は民宿や旅館が多く、”カニ食べ放題”の看板に足の回転がゆるむ。でもこの日も野宿だった。
7
206km 800m
8/9 曇 34℃
竹野町→木之元町(びわ湖東)

●本州の入って3日とも野宿で、ここ2日は風呂にも入ってない。軽量化を計り、テントは持ってきたが、シュラフはパスした。今の所、熱帯夜続きで、それはいいのだが、テントの中が暑すぎて寝れない。夜中の2時半に、テントをたたんで出発の準備をする。日が昇ると、気温もどんどん上昇する。宮津市あたりの海水浴場は関西人口圏で駐車場呼び込みのバイトの真黒な若者が国道沿いに並び、なお、うっとうしい。さて、舞鶴から、2ケタ国道をさけ、山道を迂回しなければならないが、丹波高地は山深そうで、自己ルールを破る事にした。
暑さと寝不足で力の入らないペダルでの遠回りはゴメンだとウンザリしはじめていた。
27号線を東進するが、トラック街道に排気ガスや路肩がせまくて歩道を走ったりと、車優先社会に苦しめられる。
能川宿をすぎ、びわ湖が見えた時には、ようやく中国地方も走り終えたと安堵した。しかし、もう少し先に進みたいと晴れの山道、そしてトンネルを上り下りして対岸の木之元町までがんばり、ウタウタ。9時にもなろうとしていて、駅前旅館へとびこみでエスケープした。素泊まり6千3百円は、痛手だが、ひさびさのフトンで疲れをとった。


木之元から岐阜の坂内村へ抜けるこの山道は産業道路にはなりえない静さなのに、高規格の道づくりで工事現場だらけであった。
8
167km 1400m
8/10 曇/晴 32℃
木之元町→明室村(岐阜)

●八草トンネルは出来たばかりである。せっかく750mの峠を越えようと思ったのに、車の少ない新品トンネルを通ってあげよう!美濃市までは平野の県道をつなぎ、八幡へ向う道は長良川を挟んだ小道を(まちがえて)進んでしまう。腹がへっても店も無いし、対岸へ戻る橋も現れない。ハンガーノックで、フラつき始めた時に後輪が「ちょっと休めば」というようにパンクした。1500km目にして初のパンクだ。これがこの後の悲惨なパンク地獄の始りだとその時は、知る由もなかった。

坂内村の酒屋さんが飼っていた、月ノ輪熊の小グマ。あいくるしく、動き回るが、ツメの鋭さに野生を感じた。でも飼っていいのかな?
9☆☆☆
116km 1700m
8/11 雨/晴 32℃
明室村→安曇村(長野)

●昨夜、道の駅で、仮止めしていたタイヤをセメダインでしっかり付けた。霧雨だったので、フライシートもかけ、ペグもしっかり打った。夜中、雨がテントをたたくが安心だ。夜が明け、降ったり止んだりの中、全く乾いていないウエアーを着て、しぶしぶとこぎ出す。ちょっと走って路面から、ポコンポコンと違和感を受ける。まさかと思いつつも、そのはずみがハッキリしてくるにつれ、自転車を止めて見ると完全にタイヤがズレ、バルブの所でコブラの頭となっている。雨で接着剤が付いてなかったのだ。そして新品のタイヤが力なくパンクした。公民館の軒下で替のタイヤを付けるが、仮止めでは同じ状態となる。雨足が強くなり、次の雨宿りの軒下でボンヤリと路面をながめ、そのままウトウトしてしまう。だましだまし下っていくと雨は小雨となり、高山近くでは日が差していた。小学校の中庭で全ての物を乾し新しいタイヤにセメダインをしっかり付けて装着した。
そうやって”トラトラトラ”をくり返すうち30kmすすむのに昼となってしまった。残すタイヤは1本のみ、高山市で自転車屋も見つからず、平湯峠へむけこぎ出した。峠近くは壁の連続。平湯で観光気分を味わったが、さらに安房峠へ。夕暮れ時に、こんな山の中にいるサイクリストがいるだろうか。暗やみのダウンヒルに加え、中ノ湯からは20以上続く、トンネルの連続。路面は雨水で侵食してデコボコ。素掘のようなトンネルは照明も暗く、日本一最悪のサイクリング道だと確信した。夜になって、車の量が減ったのは幸いだったが、トンネルの中では、開き直って、後から車が来るようだが、真ん中を走って下っていった。佐多岬のような、サイクリング専用道にしてもよさそう所を通行禁止といい、お好きにどうぞと「死の道」を指し出す道路行政に怒りを覚え、”凡穴の里”という道の駅へたどり着いた。
さすがに、上高地、北アの前街の道駅。車がびっしりで、ワサワサとトイレの出入りに、人がとぎれない。駐車場は、わざと照明を少なくして居心地悪さを感じる。
空き缶の山で、相当の売り上げなのだと想像できる。私は、缶コーヒー片手にベンチでたたずんでいると、大阪弁のオッサンと即席菓子の広島青年、そしてダッペなまりのオバちゃんが集って、微妙にかみ合っていない会話でくつろいだ。(8/11)

顔は笑っているが、上りきった直後で心拍数は160くらい?維持したままです。
10☆☆☆
120km 2400m
8/12 曇/雨 30℃
安曇村→鹿沢口(群馬)

●浅間温泉からの武石峠は序盟15%という鬼坂が続く。42×23が一番軽いギア比なので、失速してこけそうになる。このルートでヒルクライムレースがあるという。ゲッ!
地蔵峠1732mをキャンセルして鳥居峠へ迂回したものの、こっちもしっかり強敵であった。草津のYHはTELで断られたので、万座鹿沢口の駅前旅館に泊った。夕食のあじの開きにガックリ。期待はしてなかったがー。

広島青年の山台君は、免許とりたて。バイク実走3日目だとか。昨年はママチャリで北海道一週3000kmを1ヶ月で走破したというから、私よりそごそう。
11☆☆☆
175km 1800m
8/13 曇/雨 30℃
万座鹿沢口→守門村(新潟)

●駅前旅館を後に、草津へ上り坂をこなす。
高原野菜の緑が朝日に輝く。大観光地なので、宿は満室だろうと思っていたが、素泊り3千円温泉付と呼び込み看板が。くやしい。
風景が樹木の少ない荒涼とした山岳コースとなるとルールの雰囲気だ。
途中”有毒ガス停車禁止”とあるが、10km/hでこんなにゼーゼー呼吸していて大丈夫なのかと不安になる。多くの観光ドライバーから羨望の注目を受け、雲上の楽園サイクリングを楽しんだ。志賀高原丸山温泉から奥志賀秋山郷をぬけ津南町へ出ると、大分近道となる林道とあるが、オール舗装。
信州山岳ステージを終え、新潟、守門温泉で汗を流し、5km先の道の駅へ行こうとしたが、ものすごい夕立ちでやみそうにない。隣接された東屋にテントを張った。

サイクリストのあこがれの道、志賀高原洪峠。
12
200km 1200m
8/14 晴/雨 27℃
守門村→高畠町(山形)

●旅情をさそう只見線、そのローカル線と平行に走る国道252号線はGWまで残雪で通行止めの秘郷だ。六十里越えから田子倉湖へとダウンヒルを楽しむと、只見川は止ってるかのようにおだやかな流れとなった。喜多方から、西吾妻スカイバレーは、夕暮タイムアウトで迂回する事にした。偶然通りがかりの”水溜林輪業”さんでチューブラーとセメダインをいただき、これから走ろうとした大峠の旧道がとんでもないデコボコ道だとも教えられた。
新道は3.9kmという長大トンネルを走るがお盆なのでトラックがいなく幸いだった。そしてトンネルをぬけると豪雨の歓迎で、今、旧道の山中に居たかと思うとゾッとした。ズブ濡れの体を道駅に避難させ、小止みになったので米沢市へ。雨水の浸水でサイクルコンピューターが作動しなくなった。シトシトと降り続く雨の中、赤湯町へ着くが、・・・が見つからず、・・・合わない雰囲気だ。風呂はあきらめ、高畠町の道の駅へむかう。すでに8時を過ぎた。もうすぐ着くかなというところで、又、タイヤがコブラとなった。ウンザリだ。
道の駅のとなりの酒屋に自動販売機があり、ビールが買える。
不幸中の幸い。免許証を差し込まないと機械が作動しないので、テントから持って戻ると、お盆で里帰りしてきたという母娘が、事情がわからない様子で、私の免許証をさりげなく入れてあげた。
テントの中で、コンビニのオニギリでビールをグビグビやってると、「ここかなー」と外がうるさい。すると、先程の母娘が先程はありがとうございますと、ゆでたての枝豆とサラミ、きゅうりの塩もみを持ってきてくれた。ジーンとしてしまった。

“昭和48年〜 田中角栄”とある・・・・・。
13
125km 900m
8/15 雨 22℃
高畠町→仙台市(宮城)

●行く手の蔵王は、スッポリ雲につつまれている。予報も雨だ。
1700mの蔵王越えはとても無理だと判断し、■南の113号線を白石へ向う。案の定、雨が降り出した。それでも白石からの4号線北上は、ひっかかるところあり、雨の中、457号を遠刈田温泉へ。南蔵王高原は結構きつい上りだった。峠で「ゆできび」を売っているオジさん2人に標高を聞くと、480mと。ちなみに白石市は9mだと、やけに正確に教えてくれた。
その露店は雨降りというのに、よく車が停まり、次々と野菜が売れていく。安くて量が多いのだ。とうきびも甘くおいしかった。やはり、下りで朝、修理したばかりのタイヤがやはりはずれた。消防団の軒下で、別のタイヤをつけ、恐る恐る走る。仙台でタイヤを手に入れねばと、大都市へとエスケープ。ユースホステルに泊る事にした。

只見川と只見線(8/14)東北初日だけよい天気だった。
14
165km 900m
8/16 晴/雨 18℃
仙台市→湯沢市(秋田)

●YHにロードレーサーが1台停めてあった。個室だったのでライダーに会う事がなかったのだがー。
仙台市郊外の歩道をテレテレと北上していた。するとレーサーがさっそうぬいていった。あのロードレーサーだ。後を追うが速い。100回転で通常で常に40km/hは出していたように思うj。(C・C不動でわからず)追いついて、信号待ちで話したが、クールにもどんどん走っていく。ウエストバック1つで、目的地はない?と言う。4号線を一気に50kmも北上して、私は西へ曲りそこねてしまった。
農道をぬけて池月の道の駅に着くころにはひどい雨降りとなった。今度は2時間も雨宿りだ。鳴子へ迂回するか、栗駒山の峠へむかうか、迷いながら、ズルズルと予定通り進んでしまう。この雨の中、レーサーで練習している人が。一緒に坂を上った。小安峡の“じゅうえもん”(ここのご主人は9月にMTBで熊本まで走る!)でケーキとコーヒーをごちそうになった。

「湯浜峠“ざまあみろ登ってやったぜ”と峠の東北の天気に悪態をついている」何故か秋田県側は雨がやんでいた。
15
170km 900m
8/17 晴/雨 18℃
湯沢市→東八幡平(岩手)

●雲空の下、今日は少しでも八幡平に近づいておきたいと、先へ急ぐ。その前に、タイヤとリムセメントを確保せねばと、盛岡市郊外のオートバイ兼自転車屋をたずねた。納屋から出てきたチューブラタイヤは4,5年はたっていそうで、折り目がすでにヒビ割れている。リムセメントも使いかけのしかなく、これで1,500円は高い。感じは親切な店主なのだが、商売はきびしいのだろう。
さて、八幡平の麓の町で日が暮れたのだが、八幡平温泉郷という所まで行って明日に備えたいと暗闇の田園地帯を上っていく。霧雨がシトシトと強くなっていく。森林の闇をぬけ、それらしき町の明りが見えてきたが、そこは、ホテルと別荘地だった。温泉にも入れず、近くの小さな町のつぶれたスーパーの軒下にテントを張った。

岩手県湯田町から雫石町へ通じる県道1号線は、約50kmに渡り、ゆるやかなねったりとした道が続く。ポダリング、そしてロードのスピード練習によさそうだ。「盛岡、横手線」という名の通り、車の抜け道にも最適だが、これは秘密にしておこう。
16☆☆
130km 1800m
8/18 晴/雨 18℃
東八幡平→焼山(青森)

●雨は小ぶりだ。アスピーテラインへのヒルクライムに力が入る。5kmほど上った所に、洒落たYHが現れた。ここに泊ればよかったと思うも、昨晩ここまで上る元気はなかっただろう。1,540mの最初のピークにたどり着いた。ガスで見晴らしが効かないものの、東北ステージ最高所に気分が良く、国立公園のレンジャーのおじさんとの会話もはずんだ。峠の標識の所で、シャッターを押してもらおうとしたのだが、雨で接触不良を起こし、ファインダーが開かない。結局おじさんの一眼レフで撮っていただき、送ってくれるとの事、お手数かけます。
鹿角のスーパーで昼食と“写るんです”を買い、十和田湖へ。このあたりは雨が降ってなかったのに、奥入瀬渓流を下り出すと、大粒の雨が行く手をさえぎる。ウインドブレーカーを着ても、グッショリとずぶ濡れで、フルブレーキで下っても焼山ではガチガチとふるえだす始末だ。谷地温泉まで行く気力も出ず、すぐ近くのおいらせYHに泊めてもらう事となった。

十和田湖へ行くのに、500mも坂を上るとは私は知っていましたが。
17
140km 800m
8/19 雨 16℃
焼山→大畑町(下北)

●昨夜の雨は、朝になっても降り続いており、小雨とはいえ、走る気力が萎えてくる。いっその事、下北半島はパスして、青森市から函館へ渡れば、丸1日早くなると思うも、YHのおじさんに、「せっかくの挑戦なのだから、初志を通せば」と助言を受け、八甲田山はおがめずとも、田代平越えで行こうと山岳ルートにもチャレンジした。降ったり止んだりの陸奥湾ルートを北上。横浜町道の駅で、ホタテ弁当を食し、このペースなら大間崎発の最終フェリーに間に合うと、ペダルに力が入る。むつ市をすぎた所で雨足が強くなり、いやな予感でタイヤのコブラ症状があらわれ、あっというまに、“パーン”とバーストしてしまった。スタンドの納屋を借り、盛岡で買った古タイヤをたっぷりセメダインをぬって着けたが、この雨だ。祈るようにこぎ出す。2時間近くを作業にさいたのに、5kmも行かぬうちに、そのタイヤは横向きにはずれ出した。先頭不能、気力もゼロ。「民宿松ノ木」という国道沿いの広告に、素直に従がった。一風呂あびて、スーパーへ買い出し、(素泊りなので=4千円也)その帰り道バイク屋さんに寄ると、コルサのチューブラーがあった。部屋にホイールを持ち込み、念入りに扇風機で乾かしながら、そのタイヤを組み入れた。

谷地温泉は酸ヶ湯に比べると、まだまだひなびた湯治宿。立ち寄り湯も出来るし、素泊りも2千円からといいう。キャンプ場もあるというから、サイクリストには最適温泉。
18
110km 500m
8/20 雨 16℃
大畑町→八雲町(道南)

●翌朝、冷たい雨が降り続く、タイヤは何とかがんばっている様子。大間のフェリー乗場で大休止。ようやく北海道ステージだ。函館の「明邦商会」は、念願のプロショップ。ピットリアを2本とセメダイン、そしてホイールの振れも見ていただいた。戦闘態勢整う。

冷雨の下北。「バンザイ」という木彫に、「よく言ってくれるじゃんかよー」と、ヤケクソで笑いながらバンザイをする。でも目がイッてまっせ。
19
187km 1000m
8/21 晴 18℃
八雲町→支笏湖(道南)

●昨日、函館を3時に走り始めたにしては、がんばって距離を延ばした。日も完全に暮れると、1ケタ国道は、トラックがちょっと恐い。八雲町の山越駅のバス亭はきれいな小屋で、近くにセブンイレブンもある。
風呂はないが、ここでビールにするか。
すると、北から大きな自転車がやってくる。夜に走るサイクリストも他にいるんだなと感心し、さらなに彼の自転車にオドロキ、同宿しようと引き止めた。彼とは反対方向なので写真を撮って別れ、私は5号線をニセコへ向う。北海道に入り、3ケタ国道ルールにこだわらず、好きな道を行くことにした。実際この5号線は車も少なく道も広くて快適サイクリング道だった。
時おりの夕立ちに雨宿りタイムがあったものの、■■■
支?湖を目指していたが、その回りには町がない事を知っていたので早めにYHにTELを入れた(それでも夕方の4時頃)。タフな峠を2つこなして支笏湖に入り、YHまであと5kmというところで前輪ガスローパンク。まあ、3400kmもよく持ったものだ。(今まで、全て後輪パンクだった)

東京の峰さんとソーラー自転車。ブレームの三角にバッテリーと発電機。ソーラーパネルはリアのキャリアからアームで頭の上に延びている。総重量70kgにもなるというが、ペダルのアシストは、重さに比例して有効?
「それを聞いてはいけない」そうです。
20☆☆
207km 1600m
8/22 晴 16℃
支笏湖→上富良野(道央)

●千歳市では、アジャリTCの大原さん家へ、出勤前に突然訪ねておどろかした。樹海ロードは上っては下るのタフなルートだ。ただトラックが多く、日高トンネルでは、途中2度止って、自転車を脇に寄せて避難した。この頃になるとヒルクライムが強くなってきたようで、サイクリング部くらいなら坂であっという間に差をつけられている(ムキになって?)
金山峠からの下りは寒い寒い。日が暮れても上冨良野■■■

日本の公営YHの第1号なのだそうだ。しかし、合宿所のようなYHは現代にははやらないみたい。
21
210km 700m
8/23 晴/雨 朝9℃!
上富良野→ピンネシリ(道北)

●上冨良野にはテントを張れる公園がいくつもあり、トイレはきれいで紙も完備といたれりつくせり。コンビニも近いわりには“ヤンキー”も来ず安心して眠れるはずが、この冷え込みは何だ。
テントはあってもシュラフがないので背中が冷えて眠れない。秋田のムラウチで買った390円のトレーナーが役立っている。さて、昨日から前輪にキシキシとスポークがきしむ様な音がして気にかかっていた。旭川のプロショップで見てもらったらハブのグリースが雨で流れ、玉がさびていた。修理後、追い風に乗り快調に走る。音威子音で日が暮れたが、ばんばってピンネシリ温泉へたどり着く。温泉には入れたが食堂は終わっていて、ビールとツマミで夕食とした。宿は高級な■■■

「さっ、び〜」はく息が白いゾ。小一時間走ったところで見つけた寒暖計は10℃!
22
133km/計3807km 300m 計30100m 
8/24 晴/雨 14℃
ピンネシリ→“宗谷岬”→稚内市

●最終日の朝、強い雨が路面をたたく。通りすぎる車がしぶきを巻きあげてゆく。東北、北海道には最後まで裏切られたという感じだ。あきらめてウインドブレーカーの下に段ボールを巻きつけ、首にタオルを巻き走り出すも、数kmで手足がかじかんできた。大声で歌を唄うが、うるえがとまらない。鉛色のオホーツク海を見ながら追い風に乗る。段ボールは破り捨てた。「宗谷岬まで30km」、「宗谷岬まで20km」、「宗谷岬まで10km」、ここでオシッコをする。あと5kmドロップポジションで飛ばしまくる。3km、2km、1km見覚えのある景色が目に入る。ペダルの力をゆるめた。「着いた、着いた、やっと着いたよ、ニャロメー」

“最北端の地”は観光客に占領されている。そのちょっと手前に不人気のこの塔で完走記念!



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